耳に残るメロディライン。
愛しい声音は切なく届く。
最期に映る君の姿は
きっと――…
泪で霞んで、見えはしない。
【愛し君へ】
「あ。しもた…」
どんよりと雲が群がるこんな日は、決まってアレがやって来る。
急ぎ脚で帰途に着く僕の額を、ぽつりと大きめな水滴が刺激した。
そうして、一つまた一つと落ちるそれは、あっと言う間に弧を描きながら頬を伝い落ちていく。
「泣いとるやろな…あん娘(こ)…」
脳裏に浮かぶ捨て猫みたいな娘を思って、気分が滅入る。
あの娘の泪は、好きじゃない。
「面倒くさ…」
渋々走り出す。
抱きかかえた少しの木の実を落とさない様に。
がたがたと開きの悪い戸を動かす頃には、僕はずぶ濡れで、野良犬みたいに薄汚れていて。
それでも、腕の中の僅かな食料は一つも零さずに、辛うじて雨宿り出来る程度の吹きっ曝しな山小屋に身を寄せた。
あの娘の待つ、掘建て小屋まであと少しだったけれど、雨脚の激しさが、早くはやくと気ばかり逸る僕のその脚を引き止める。
ごろごろごろ。
「うわッ!最悪や」
稲光が駆け巡り灰色に描かれた空を切り裂く。
僕は、その青白い光があの娘の上に落ちやしないかとはらはらした。
のんびりは出来ないのだと、重い扉をまた開く。
まったく…。
一緒に居ない方が心臓に悪い。
軒下で大きな溜息を吐くと、土砂降りの中へ駆け出した。
ゆっくりと瞼を上げると眼前には、さっきまで想っていた、あの娘。
否。
あの頃の面影は少しも残ってはいない、あの娘。
瞼閉じても開いても、姿が焼き付いとるやなんてなぁ…。
「…なんの病気やねん…僕」
ぽつりと呟くと、ぺしりと額を小突かれた。
「いつまで此処にいる気?」
呆れた表情(かお)。
「何処?」
「…あんた。誰の膝の上で余裕ぶっこいてんの?」
怒った表情(かお)。
「冷たいなぁ…」
「本当に冷たい女は、二時間も黙って膝なんか貸さないわよ」
困った表情(かお)。
「此処。僕だけの特等席ちゃうん?」
「とんだ自惚れ屋ね?」
微笑(わら)った表情(かお)。
―――あの日。
生きる事を諦めた少女に、手を差し延べた。たったそれだけの事で、あの娘はこんなにも綺麗な表情を造るようになった。
どの表情も、僕が与えたもんやて、自負してええんやろか?
また、自惚れんなて微笑(わろ)うてくれるやろか?
「何よ?」
「少しだけ、眠らせてもろてええ?」
「…どうせ退く気ないんでしょ?」
「なんやお見通しか〜、ほなオヤスミ♪」
触れてはならぬ、
触れれば離れられぬ、
そう想う程に、君という光は僕を苦しめる。
「子守歌なんか唄わんでええよ?」
「バ―カ」
『ギン。時は来た』
緩やかに届くメロディライン。
君の口ずさむ静かな声音。
見えない泪が頬を濡らすから、
君の表情(かお)を真っ直ぐには視れないんだ。
「動かないで」
握られた左手が熱い。
響く声音が愛しい。
嗚呼。
手を差し延べなければ、
こんな痛みは、知らずにすんだのに。
君を想うが故、君を遠ざける僕を、
どうか――…
どうか、壊して?
【了】
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華と釦/コウ太さん フリーSS
さーーーーいこう★
もうね、すごい的確にわたしのツボを突いてくるんですよコウ太さん。
毎回ながら背景素材選びに時間が掛かっちゃいましたが、
コウ太さん宅にUPされたその日に即お持ち帰りさせて頂きました。
そして今回もまた勝手にコラボさせて頂きました。
夢をありがとうマイラバー!
2006.10.15
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