大好きな場所がある。
あたししか知らない場所。
好きな理由は二つ。
一つは静かで、誰一人として存在しないから。
もう一つは――…
【溺れる魚】
葉の隙間から差し込む月明りが水面に反射し、きらきらと輝く。
その様がとても綺麗で、満月の夜にはいつも此処を訪れた。
あたしだけの場所。
素足を水に浸すとひんやりと冷たさが爪先から伝わって、ほうと感嘆の息が零れた。
その内、足だけでは我慢出来なくなって身に着けている物をひとつまたひとつと脱ぎ捨てていく。
此処には好奇な視線も、鳥の声さえも存在しない。微かに耳に届く音と言えば、魚が跳ねるそれくらいで。
その小さな水飛沫に光が反応し、その様がまた音に重なって何とも形容しがたい美しさなのだ。
此処は夜の風景が良い。
陽の下でも、十分に素晴らしいのだろうが。あたしは闇にひっそりと描かれたこの景色がこの上なく気に入っている。
生まれたままの姿でそこに飛び込む。
その音が周りの木々に溶け込んで、直ぐに静けさを取り戻した。
仰向けに浮かび月を仰ぐ。
闇を照らす月明りのなんと力強いことか。
自然と溜息が出た。
眼を閉じ、流れに身を委ね漂う。
ゆらゆらゆらゆら。
どのくらい彷徨っていたのだろう?
嫌なくらいよく知る霊圧に現実へと引き戻される。
水底に足を着け立ち上がると、丁度胸元が水面に隠れた。
暗闇に慣れた両眼で霊圧を探り辺りを見渡す。
着流しでふらりと立ち寄った風に木に凭れ、ひらひらとこちらに向かって手を振る存在に眼を止めた。
その人影の持つ銀色の髪に月の光が射して、白髪みたいに魅える。
脱ぎ捨ててきた着物の方へ歩を進めながら、ふと気付いた。
男の手にしている物に。
「……返して」
今更裸を隠す相手でもなかったけれど、手だけを伸ばした。
「返さんへん言うたら?」
くすくすと忍び笑い。
「このまま帰るわよ」
「そら大胆!飛び付く男、ぎょうさんおるやろ」
散々焦らしてやっと手を伸ばしてきた男の腕を力任せに引いてやる。
大きな水飛沫と共に眼前に男が降って来た。
勿論、頭から着物まで水浸し。
ざまあみろ。
「…水も滴るええ男やんなぁ」
懲りない男は、楽しそうに微笑(わら)って前髪を掻き上げた。
「何しに来たのよ?」
「天女の羽衣を盗みに」
「は?」
相変わらず惚けた事を口にするものだと呆れ果てる。
「知らんの?天女の羽衣」
「知ってるわよ、そのくらい」
わざとらしく大きな溜息をひとつ。
「きっとな、天女は想像を絶するくらいにべっぴんさんやった思うんよ?せやから男も天に帰したのうて隠したんやろなぁ」
「…それとこれと何の関係があるのよ?」
「そんくらい裸で水浴びしとる乱菊が綺麗いうことやん♪」
この男は逢う度に、歯の浮く様な台詞をするするとその口から吐き出す。
本気なのかそうではないのか。
そんな事はどうでもいい。
どうせ誰それ構わずにその愛想を振り撒いているに違いないのだ。
「早く帰んなさいよ」
「冷たいなぁ」
水中で帯を解き着物を剥ぎ取りながらぶつくさと愚痴る。
その行動に慌てて男の腕を掴んだ。
「ちょっと!あんた何やってんのよ!?」
「なにて、びしょ濡れで帰れへんやろ?暫くこれ、干しとくんや」
ぎゅうと着物を絞り、草の上に放った。
煌煌と照らされる透き通った水面に彼の裸体が浮き彫りになる。
男にしては白い、綺麗な素肌。
無駄のないその身体の一ヵ所に眼を止める。
右鎖骨の少し上辺り。
古疵。
あたしのせいで彼に残してしまった深い疵。
「……卑怯者」
「なんや、まだ気にしとったんか?」
そんな物を見せつけられたら、あたしはあんたを拒めなくなる。
理解(わか)ってやってる事くらい、気付いてはいるけれど。
ぐいと抱き寄せられるとその疵跡に頬が触れた。
少し盛り上がったそこに唇を寄せる。
痛みはもうない。そう彼は言った。
そのくらい昔の疵なのだと。
それでも―――
あの日、眼の前で血を流しながら倒れ、青ざめていくその表情(かお)を忘れる事が出来なくて。
ただ震えながら泣く事しか出来なかったあたしが許せなくて。
また――…
一人ぼっちになるのが怖くて。
「大丈夫や、死なへん。死神になって、少しは強うなってんから」
両腕を背に回して、胸につけた耳で生を確かめる。
とくとくとく。
強く刻まれるその音に、泪が溢れそうになる。けれど悔しいから、一粒だって零してあげない。
あたしの様子に、彼が困った風に微笑(わら)う。
あたしにしか見せない表情(かお)。
その表情に、欲情する。
背に或る腕を首筋に移動し引き寄せ、近付いた彼の唇を奪う。舌を絡ませると彼は直ぐにそれに応えてくる。口腔を深く犯し犯され、貪るように求め合う。
時折漏れる甘い溜息は、どちらのモノだろう?
「…なん…や乱菊…珍しな?」
「何…が?」
「自分から求めてくるん、初めてちゃうか?」
「…そうだった?」
いつも求めていたのに?
狂おしい程、あんたに触れたいと思っていたのに?
ぱしゃん。
背後で魚が跳ねた。
彼の大きな手が腰から下降し、秘部の入口を撫ぜる。
その唇はあたしの胸の突起を含み、転がす様に舌が蹂躙する。
いつもの行為(こと)が何だか知らない行為(こと)の様で、背筋がぞくりと震えた。
ゆっくりと深く引き込まれた心地良い水の中、苦しげに水面に向かうあたしに口移しの酸素補給と、秘部への圧迫感。
ろくに慣らされてはいなくても、不思議と痛みはなかった。伴うのは、強烈な快楽だけ。
背に回した指が彼の背に食い込んでいく。此処が陸地なら、さぞかし浅ましい声が上がったことだろう。
繋がったまま水面に頭だけ出し二人、存分に肺活動を行う。
「…ふぁ…あ…んッ……」
両脚を左右に開かれ、抱えられたまま貫かれているそこが彼自身をキツく咥え込んでいく。
「身体も…積極的やな」
「……ッ…うるさ…ぃ」
そのまま最奥を抉ろうとする彼に、
「…ギンッ、中…で…」
提案するも、
「だ〜め!そろそろ声聞きたい」
簡単に却下された。
「ッあ……んぁ…ギンッ!」
「そないな表情(かお)しても駄目」
腰に添えられた手が引かれ、最奥に彼が侵入してくる。
やはりいつもの痛みはない。
上がる喘ぎ声が静かな場所に響く。
「…ふぁ……ッん…ぁあ…ッ」
「…乱菊はな…こうやって淫らな方が…綺麗なんやで?」
「ギ…ンッ…ぁ…」
何度も突かれて。
何度も喘いで。
何度も愛しい男の名を呼びながら、果てる。
それでも、足りない何かを探る様に白い背に縋りつく。
「このまま此処に沈んだら…綺麗な君を誰にも見せんでええなぁ…乱菊、一緒に溺れへん?」
耳元で愛を囁く男に、優しい口付けを。
交わした嘘つきな接吻。
久々に魅た碧(ひとみ)。
「いいわ…よ、あんたとなら」
溺れてあげるわ。
何時だって。
そんな覚悟なら、とっくに出来てる。
「…乱菊は、ええ女やな…」
最奥(なか)の彼が蠢き、欲望が解き放たれるまでの夢物語も後僅か。
瞳を閉じる。
あんたを想って。
冷たく心地良いこの場所が、あたしの熱を下げてくれるといい。
不様なこの心を、洗い流してくれるといい。
ぱしゃん。
視界の隅、魚がまた小さく跳ねた。
【終】
Thanks 20000hit☆
Thanks for Ayase sama☆
from,kouta【華と釦】
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素敵でしょう!(喜々)読んですぐ恋に落ちました。
ギン視線もあるので是非どうぞ。
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